東京高等裁判所 平成2年(行ケ)239号 判決
一 請求の原因一、二の事実(特許庁における手続の経緯、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 取消事由に対する判断
1 本願意匠は、意匠に係る物品を「屋根材」とし、別紙一に示すとおりの構成態様のものであること、引用意匠は、意匠に係る物品を屋根材または壁材等に使用する「建築用板材」とする別紙二に示すとおりの構成態様のものであること、及び、本願意匠に係る物品「屋根材」は引用意匠に係る物品「建築用板材」の範疇に属するものと認められることについては、当事者間に争いがない。
2(一) 両意匠を比較すると、両意匠間には審決の認定に係る<1>ないし<3>の共通点が存在するが、右共通点<1>は両意匠の基本的構成態様と認められるものであること、更に、両意匠間には審決の認定に係る<1>ないし<3>の相違点が存することについては、いずれも当事者間に争いがない。
(二) そこで、右相違点<1>ないし<3>に示された各部の態様について更に詳細に検討する。
別紙三は、両意匠の比較の便宜のため、別紙一(本願意匠)及び別紙二(引用意匠)の各正面図に各部の名称を付したもの、及び、引用意匠の正面図を本願意匠の外はぜ部、はぜ芯部に対応するように左右を逆にして裏返しにしたものをそれぞれ第一ないし第三段に表示したものである。すなわち、第一段の本願意匠の正面図にあつては、右片畝部(右の山部)の膨出部は連結用重合部はぜ芯部で、左片畝部(左の山部)の膨出部は連結用重合部外はぜ部であるのに対し、第二段の引用意匠の正面図にあつては、右片畝部(右の山部)の膨出部は連結用重合部外はぜ部で、左片畝部(左の山部)の膨出部は連結用重合部はぜ芯部となつており、両者は左右が逆になつているものであるため、第三段は便宜第二段の引用意匠を裏返しにして両意匠の部位が対応するように表示したものである。以下における両意匠の対比は本願意匠の正面図(別紙三の第一段の図)と引用意匠の正面図を左右が逆になるように裏返しにした第三段の図によることとする。
(1) 相違点<1>について
本願意匠の中央畝頂面の膨出部は、正面形状において、中央立上り部を小円弧状の「覆ばち」とし、その上に垂直の「欠け首」を設けた、尖端「宝珠」のない擬宝珠状(「覆ばち」、「欠け首」、「宝珠」は、擬宝珠の各部名称。)に形成している。これに対し、引用意匠の中央畝頂面の膨出部は、頂面より直接小円形が膨出したもので、頂面中央に小円筒を単に載せた状態に形成している。
(2) 相違点<2>について
本願意匠の連結用重合部外はぜ部は、正面形状において、畝部頂面の先端から立上り、これを内側方に直角水平に折曲して逆コ字状に形成し、更に、その先端から立上りながらこれを外側方へ横楕円形状に巻き込むように屈曲し、その先端に水切り小片を突設し、その左下方は開口している態様である。これに対し、引用意匠の連結用重合部外はぜ部は、正面形状において、畝部頂面の先端を上外側方に斜めに折曲し、はぜ芯部よりひとまわり大きい斜面を形成し、更に、その頂点は、下外側へ三角形状に折曲し、その先端は三角形状内側に屈曲して爪を形成し、その下方は開口している態様である。
本願意匠の連結用重合部はぜ芯部(右片畝頂面膨出部)は、正面形状において、畝部頂面の先端から立上り、これを内側方に直角水平に折曲して、外はぜ部と対象にコ字状に形成し、更に、その先端から内側方へ小さな半円弧状に屈曲させた後これを外側方へ外はぜ部よりひとまわり小さな半円弧状に巻き込むように屈曲し、その頂部やや左方寄りには小円弧状凹部を設け、外はぜ部とは対象に右下方を開口している態様である。これに対し、引用意匠のはぜ芯部は、畝部頂面の先端を上内側方に斜めに折曲し、小さい斜面を形成し、更に、その頂点を下内側へ三角形状に折曲し、その先端を三角形状内側に屈曲して重合し爪を形成し、その下方は開口している態様である。
(3) 相違点について<3>
本願意匠の左右溝部は、正面形状において、各底部を倒コ字状とし、その両壁は、高さを底面幅の二五分の二として垂直な壁を形成し、その左右両側上端から溝斜面を形成している。これに対し、引用意匠の溝底部は、平坦な底面左右両端から直接斜面を形成している。
なお、原告は、本願意匠の左右片畝部各頂面は正面形状において水平面であるのに対し、引用意匠の畝部各頂面は膨出部の立上り部から溝斜面上端へ向かつて下方に傾斜している斜面である旨主張するが、別紙三によれば、本願意匠の左右片畝部各頂面も、正面形状において、完全な水平面ではなく、むしろ膨出部の立上り部から溝斜面上端へ向かつて若干ながら下方に傾斜している斜面であると認められ、この点において両意匠に差異を認めることはできない。
3 以上の共通点及び相違点を前提として、本願意匠と引用意匠の類否をみると、両意匠は、意匠に係る物品が同一の範疇に属するものであり、両意匠を全体として観察した場合、その基本的構成態様が、平面図における上下方向に連続する板体において、正面図に記載された形状を、略台形状の谷部と山部がW字状に連なる、全体を通じて一様な断面形状ものとしている点で共通しており、更に、共通点<2>及び<3>のような畝部の膨出部の態様の共通性はみられるものの、畝部の膨出部は頂面に突出して目立つものであるため、相違点<1>にみられる本願意匠の中央畝頂面の膨出部の前記形状は局所的ではあるが特徴的なものとして看者の注意を引くものと認めるのが相当であり、相違点<3>の存在も相俟つて、引用意匠に対して本願意匠を特徴付けているものというべきである。また、成立に争いのない甲第四号証の九(意匠登録五二四七二九号意匠公報)及び乙第一号証(意匠登録五二四七二九号の類似一意匠公報)によれば、この種建築用板材若しくは屋根材にあつて、はぜ芯部は建築工事が終了した状態において隣接する建築用板材若しくは屋根材の外はぜ部の内側に嵌め込まれて見えなくなつてしまう部分であり、外はぜ部は建築工事が終了した状態においてはぜ芯部を内側に嵌め込んだうえでかしめられるため、外はぜ部の形状が中央畝頂面の膨出部の形状と類似している場合には、両者は極めて近い外観を呈するようになることが認められるところ、別紙一及び二によれば、本願意匠にあつては、建築工事が終了して数個の屋根材が連続的に結合された状態において、畝部の各頂面には中央畝頂面の膨出部と酷似の形状の中腹部がくびれた断面視略瓢箪形状の膨出部が連続的に並ぶのに対し、引用意匠にあつては、建築工事が終了して数個の建築用板材が連続的に結合された状態において、畝部の各頂面には中央畝頂面の膨出部の形状である断面視略半円状の膨出部と連結用重合部によつて形成される断面視略三角形状の膨出部とが交互に並ぶものであることが認められるものであるから、建築工事終了後に外部から常時認識される形態の美的印象をも重視して観察し取引する取引者需要者にとつては、相違点<2>の相違も本願意匠を特徴付ける部分であると解するのが相当である。
してみると、両意匠における前記各相違点の態様は、各共通点が相俟つて表出する態様に凌駕される程度のものとはいい難く、右各相違点が集合することによつて本願意匠と引用意匠に全体として別異の美的印象をもたらしているというべきであり、両意匠が類似するものということはできない。
4 被告は、本願意匠の中央畝頂面の膨出部及び溝底部の態様は本願出願前に公知の態様である旨主張するが、本願意匠は前記各相違点が集合することによつて本願意匠の美的印象を特徴付けているものであることは前示のとおりであるところ、本件全証拠によるも、前記各相違点が集合した態様の意匠が本願出願前に公知であると認めることはできないから、被告のこれら主張は採用できない。
また、被告は、この種屋根材の需要者には最終需要者として建築物の発注者を含めるべきであるところ、建築物の外観や内装等一目につき易い部分の仕上り態様に関しては、最終需要者としての建築物の発注者が、自己の意図や審美眼に基づいて、設計施工業者に注文を出すのが通常であるから、この種屋根材の意匠の類否判断は、意匠に係る物品の使用状態及び使用状態における観察者との距離や位置関係を考慮したうえで、観察者としての最終需要者の視点に重点をおいてなされるべきものである旨主張する。確かに、この種屋根材の取引者は、一般消費者よりも建築家、大工等その道の専門家が多いとしても、その取引者から一般消費者を排除すべき理由はなく、また、専門家の場合にあつても、この種物品の取引における選択はその使用時の便宜性等を十二分に考慮してより一層細部的な事項も重要な要素として判断の対象とするものであるといい得るとしても、美的印象という面から着目される意匠的視点においては、一般消費者であろうと専門家であろうと変わるところはない。しかして、前記相違点に示された形状は、屋根部の全体形状として建築工事終了後も外部から常時認識されるものであり、意匠に係る物品の使用状態及び使用状態における観察者との距離や位置関係を考慮したとしても、微細で看者の注意を引かない部分であると断ずることはできず、右に関する被告の主張も理由がない。
5 以上によれば、本願意匠は引用意匠と類似する意匠であるから意匠登録をすることができないとした審決の判断には誤りがあり、審決は違法としてその取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容する。
〔編注1〕本件における請求原因は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
意匠登録出願日 昭和五五年九月一日
意匠に係る物品 「屋根材」
拒絶査定 昭和五八年六月一四日
審判請求 昭和五八年八月一二日(昭和五八年審判第一七三七二号事件)
審判請求不成立審決 平成二年七月二六日
二 審決の理由の要点
1 本願意匠は、意匠に係る物品を「屋根材」とし、別紙一に示すとおりのものである。
これに対し、引用意匠は、本願の出願前の昭和五四年二月二二日出願され、昭和五六年七月一三日付で拒絶査定がなされ、その後同査定が確定した昭和五四年意匠登録願第四八九七五号の意匠であつて、意匠に係る物品を屋根材または壁材等に使用する「建築用板材」とする別紙二に示すとおりのものと認める。
2 本願意匠と引用意匠を比較検討すると、意匠に係る物品については、本願意匠に係る物品「屋根材」は、引用意匠に係る物品「建築用板材」の範疇に属するものと認められ、意匠については、両者の問に次に示す共通点及び相違点が認められる。
(一) 共通点
<1> 全体の基本的構成態様について、平面図における上下方向に連続する板体において、正面図に記載された形状を、全体を通じて一様な断面形状とし、該断面形状に依拠する態様を、略台形状の谷部と山部がW字状に連なるものとしている点。
<2> 中央の山部の態様について、山頂部中央に先端が丸くなつた膨出部を形成している点。
<3> 左右の山部の態様について、前記の膨出部と略等しい高さに突出する結合部を山頂部に形成している点。
(二) 相違点
<1> 中央の山部における膨出部について、本願意匠においては、中腹部がくびれた断面視略瓢箪形状としているのに対し、引用意匠においては、断面視略半円状としている点。
<2> 左右の山部における結合部について、本願意匠においては、一方が他方よりひとまわり大きい彎曲部を有する断面視疑問符形状に屈曲するものとしているのに対し、引用意匠においては、一方が他方よりひとまわり大きい断面視略三角形状に屈折するものとしている点。
<3> 谷部の壁面と側壁の連接態様について、本願意匠においては、両者が低い垂直壁を介して連接されているのに対し、引用意匠においては、このような垂直壁を介さずに両者が連接されている点。
3 右共通点及び相違点について検討すると、共通点<1>は、本願の出願前に公知となつていた態様であるが、両意匠を最も巨視的に特徴づけるものであり、共通点<2>及び<3>の態様は、山部の頂上に突出した目立つものであるため、各共通点が相俟つて表出する態様は、両意匠を全体的に特徴づけると認められるのに対し、各相違点に記述した態様は、いずれも局所的な微細なものであつて、各共通点が相俟つて表出する態様に凌駕されてしまい、本願意匠を特徴づけるものではない。
してみれば、本願意匠は、引用意匠に類似するものと認められる。
4 したがつて、本願意匠は、意匠法九条一項の規定により意匠登録を受けることができない。
三 取消事由
審決の理由の要点1、2は認める。同3のうち、各共通点が相俟つて表出する態様は、両意匠を全体的に特徴づけると認められるのに対し、各相違点に記述した態様は、いずれも局所的な微細なものであつて、各共通点が相俟つて表出する態様に凌駕されてしまい、本願意匠を特徴づけるものではないとの点、及び、本願意匠は、引用意匠に類似するものと認められるとの点は争い、その余は認める。同4は争う。
審決は、本願意匠と引用意匠との対比において、両者の基本的構成態様が共通している点を過大評価し、その形態における具体的な相違点を看過した結果、両意匠を類似の意匠と判断した点に誤りがあるので、違法として取り消されなければならない。
(以下、本願意匠及び引用意匠の各部の名称は、別紙三に記載された名称によることとする。)
1 審決の摘示する共通点は、本願意匠及び引用意匠独自のものではなく、この種屋根材であれば当然に具備している基本的態様である。
この種屋板材における意匠上の創作の主たる対象は、畝部頂面の膨出部の形態にあることは明らかで、本願意匠の外はぜ部、はぜ芯部及び中央畝頂面膨出部の組み合わせ及びその形態にあり、該組み合わせ及び形態は別紙一に示すとおりで、他に全くみられないところが本願意匠の全体の基調を表出する主要部である。
2 両意匠の相違点
(一) 本願意匠の左右片畝部各頂面は、正面形状において水平面であるのに対し、引用意匠の畝部各頂面は、膨出部の立上り部から溝斜面上端へ向かつて下方に傾斜している斜面である。
(二)(1) 本願意匠の左片畝頂面膨出部は、正面形状において、左水平頂面の先端が立上り、これを内側方に直角水平に折曲して、右方と対象に逆コ字状に形成している。更に、これを外側方(左方)へ横楕円形状に巻き込むように屈曲し、その先端に水切り小片を突設している。その左下方は開口している態様の連結用重合部(以下、単に「外はぜ部」という。)を形成している。
これに対し、引用意匠の外はぜ部は、右片畝頂面膨出部の右頂面の斜面先端を上外側方(右方)に斜めに折曲し、はぜ芯部よりひとまわり大きい斜面を形成している。更に、その頂点は、下外側へ三角形状に折曲し、その先端は三角形状内側に屈曲し爪を形成している。その左下方は開口している態様である。
(2) 本願意匠の右片畝頂面膨出部は、正面形状において、右頂面の水平面先端も立上り、これを内側方(左方)に直角水平に折曲して、外はぜ部と対象にコ字状を形成している。更に、これを外側方(右方)へ外はぜ部よりひとまわり小さな半円弧状に巻き込むように屈曲している。その頂部やや左方寄りには小円弧状凹部を設け、外はぜ部とは対象に右下方を開口している態様の連結用重合部(以下、単に「はぜ芯部」という。)を形成している。
これに対し、引用意匠のはぜ芯部は、左片畝頂面膨出部の左頂面の斜面先端を上内側方に斜めに折曲し、小さい斜面を形成している。更に、その頂点を下内側へ三角形状に折曲し、その先端を三角形状内側に屈曲して重合し爪を形成している。その左下方は開口している態様である。
(3) 本願意匠の中央畝頂面の膨出部は、正面形状において、中央立上り部を小円弧状の「覆ばち」とし、その上に垂直の「欠け首」を設けた、尖端「宝珠」のない擬宝珠状(「覆ばち」、「欠け首」、「宝珠」は、擬宝珠の各部名称。)に形成している。
これに対し、引用意匠の中央畝頂面の膨出部は、頂面より直接小円形が膨出したもので、頂面中央に小円筒を単に載せた状態に形成している。
(4) 本願意匠の左右溝部は、正面形状において、各底部を倒コ字状としている。その両壁は、高さを底面幅の二五分の二として垂直な壁を形成し、その左右両側上端から溝斜面を形成している。
これに対し、引用意匠の溝底部は、平坦な底面左右両端から直接斜面を形成している。
(5) 本願意匠の膨出部は、正面形状を首部の付いている尖端「宝珠」のない擬宝珠状とした長筒を全て印象づけている。すなわち、膨出部は、幅方向に且つ長手方向にあらわれたもの全てが正面形状を首部付きの尖端「宝珠」のない擬宝珠状とした長筒を呈している。
これに対して、引用意匠の膨出部は、正面形状を首部のない三角筒型と首部のない円筒型とした長筒とが交互に繰り返している形態であつて、看者に与える美感は全く相違するものである。
3 以上、本願意匠と引用意匠の前述の相違点を看過し、両意匠を類似するとした審決の判断は、誤りで違法である。
4 なお、本願意匠のはぜ芯部は外はぜ部の内側に嵌め込まれて外観上見えなくなつてしまうが、これは本願意匠を屋根に葺き工事が終了した後の態様であつて、この種屋根材の意匠の需要者である建築工事者は、屋根葺工事以前の本願意匠の具体的構成態様における外はぜ部とはぜ芯部の嵌合機能が適切か、また、山、谷の幅、傾斜度、中央膨出部及びその基部と外はぜ部とその畝部頂面等の各部の相違等の諸点に深い関心を注ぎ、更に当該屋根材の意匠が建築物の屋根の態様として一般人にどのような美感を与えるか考慮するのが通常である。
被告は、この種屋根材の需要者には建築物の発注者を含めるべきである旨主張する。しかしながら、本願意匠に係る物品は、業界において周知の物品で、一般に長尺折板屋板材と呼称され、大ホール、体育館、工場等大型建物の屋根に使用されるもので、一般家庭住宅用にはほとんど使用されないものであり、商品知識や商品機能を熟知している建物設計者自身が各建築資材メーカーの商品力タログ、商品説明書を元にして、設計者によつて選択されているのが実情であるから、建築専門家が実質的な需要者である。
〔編注2〕本件における別紙は左のとおりである。
別紙一
本願の意匠
意匠に係る物品 屋根材
説明 (1) この意匠は平面図において上下にのみ連続するものである。
(2) 背面図は正面図と対称にあらわれるので省略する。
<省略>
別紙二
引用の意匠
意匠に係る物品 建築用板材
説明 背面図は正面図と対称にあらわれる。
<省略>
別紙三
<省略>
<省略>